こんにちは、 @TsumuRi です。
派遣業務の一環として、技術文書の翻訳やチェックを行っています。
ここしばらく、翻訳者の職務経歴書詐称問題が翻訳業界関係者を騒がせていますね。背景には、翻訳の実務経験をゼロからイチにするのが困難であることにつけこんで詐欺的な手法を販売した指導者の存在があります。

いわゆる情弱ビジネスです
実力がつかないばかりか、何も知らないまま業界のブラックリスト入りする恐れがあると注意喚起されていますのでご注意ください。
この問題を知ったプロ翻訳者の方々が翻訳実績をゼロからイチにした方法を惜しげもなく公開する流れが生まれました。
私は専業ではありませんが、経験ゼロから派遣社員として技術文書の翻訳やチェックに携わるようになっているので、本記事で経験談を紹介します。これからの働き方を考えるヒントになれば幸いです。
派遣業務で技術文書の翻訳に携わるまで
技術系職種で社会人になる
理系大学出身の私は技術系職種で就職しました。
当時、語学はまったくダメではなかったけれど、ずば抜けて得意でもありませんでした。

「留学経験のない理系大卒の平均レベル」と言えば想像がつくでしょうか
医薬品の開発・製造・販売は、販売する国や地域の薬事規制に縛られます。したがって、技術職であっても(技術職だからこそ?)各国の薬局方、ガイドライン、技術資料などを読む(時々書く)ことは避けられず、実務を通じて日常的に英語を目にする環境に置かれることになりました。
紆余曲折を経て1社目を退職後、技術職より薬事や知財などの専門事務職に惹かれ、複数言語に強くなる手段として翻訳を志した次第です。

動機が不純
派遣社員として実務経験を稼ぐ
1社目で正社員に向いていないと感じたので、2社目から派遣社員に転向しました。
医薬品開発に関わりたい気持ちは強かったので、業界経験を武器に製薬会社の事務職として派遣してもらいました。
初めから翻訳に携わることができたわけではありません。派遣に転向してから翻訳にたどりつくまでは5年以上、その間に何社も経験しました。
私は文書作成(和文)やチェック業務から始めて、働きながら語学力を伸ばし、英文を扱う業務の割合を増やしました。そして、技術文書の翻訳、作成、チェック、文献調査などに携わるようになりました。
時間こそかかりましたが、幅広い分野を経験して知識や経験の幅を広げられたことはよかったと思っています。

現状は、なんでも屋が翻訳もしている感じ
さてここからは、実際に派遣社員として働くメリットや微妙な点を紹介します。
忌避するほどには悪くはないけど、安住できるわけでもないのが派遣社員です。
派遣社員として翻訳に挑戦するメリット
派遣社員として翻訳の実務経験を積むメリットは以下の5点です。
- 雇用までのハードルが低い
- 学習材料に事欠かない
- ソースクライアントとの距離が近い
- 派遣会社の福利厚生がある
- その後の選択肢が増えることも
雇用のハードルが低い
最大のメリットは、雇用のハードルが低く、翻訳未経験でも翻訳に挑戦する機会が得やすいことです。
事務系の職種(英文事務など)で就業した後、担当業務の幅を広げて翻訳にたどり着くことが可能です。
実際、派遣社員から始めて翻訳者として独立された方もいらっしゃいます。

togetterの体験談から探してみてね
語学関連の資格やバックグラウンドは必須
雇用のハードルは低いですが、派遣社員として翻訳に携わるつもりなら語学関連の資格は必須です。
語学力が求められる業務は、求める語学力の目安が設定されていることが多いのです。
- メールなどの短いやり取り、テンプレートを用いた短文の翻訳:TOEIC600程度
- 外資系企業、文書作成・チェック:TOEIC750~850程度
あくまで応募の目安(身も蓋もない言い方をすると足切りライン)なので、経験・スキル・勤務条件などに優れる派遣スタッフが他にいれば選考まで進めないこともあります。でも、持っていないよりはずっとよいです。
大学・大学院の専攻、留学経験、語学関連の実務経験などが考慮される可能性はあります。また、スクール受講などの学習歴や、今後取得予定の資格も伝えておくとよいと思います。
翻訳100%の求人はある?
翻訳100%の求人はもちろん存在します。
しかし、語学力に加えて翻訳の実務経験が求められることが多いです。
かくいう私は実務経験がある分野の翻訳業務に応募して「翻訳の実務経験」が少ないことを理由にお断りされたことがあります。

TOEICスコア900超え程度では飾りにすらならない、翻訳業界ってそんな世界です。
学習材料に事欠かない
産業翻訳には語学力に加え専門分野に関する知識が必須です。
派遣社員として業界で働くことで、独学よりも学習機会が増えます。
派遣先企業で実務経験や知識を得られる
派遣先企業で実務経験を積むうちに業界や専門分野に関する知識が自然と身につきます。
業務に必要ならば図書や社内資料を見たり、社内外の勉強会に参加したりもできます。
私がいる製薬業界では従業員の教育訓練が義務づけられているので、最初の1ヶ月でかなり底上げされます。
他業界でも必要最低限の教育訓練は行うはずですので、ゼロから独学するよりはるかに効率的に学べると思います。

必要なところをつまみ食いする形にはなりがちなので、ある程度つまんだら体系的な学習も必要かと
派遣会社の研修制度・提携校の優待を利用できる
派遣会社に登録すると派遣会社の研修制度を利用できるようになります。
大部分は無料で受講できますし、専門的な講座もあるので学習の取っ掛かりによいですよ。

なにしろあやしくないのがよいです
集合研修は派遣会社にとっては人材集めの場でもあるようで、研修を主催した派遣会社から就業していない場合はその場で営業されることも。初めてだと勢いに引くかもしれませんが、キャリア相談などもできるので賢く利用しましょう。

また、無料ではありませんが、派遣会社の提携する翻訳学校や語学スクールを優待価格で受講できる場合があります。
他にアテがなければ検討してみてください。
ソースクライアントとの距離が近い
派遣社員として働くということは、ソースクライアントが常に側にいるということでもあります。
自力で調べて分からなければ質問して糧にできますし、成果物への濃いフィードバックを得られることもあります。

ま、担当者次第ですけどね
フィードバックがなければ、自分が訳した時点のものと最終稿を比較して変更箇所と変更理由を確認するだけでも勉強になります。
また、外注翻訳の納品物についてあれこれ言うのを小耳に挟んだりもします……。
ちなみに、皆さん専門家なので訳の巧拙はわりとあっさり見抜かれます。実績の水増しは翻訳会社やソースクライアントに迷惑をかけ、自分の首を絞めるだけなのでやめた方がいいということですね。
派遣会社の福利厚生がある
翻訳の実務経験とは直接関係ありませんが、派遣会社の福利厚生もメリットのひとつです。
勤務日数・時間によりますが、健康保険(社保)、厚生年金、雇用保険などの社会保険に加入できます。
雇用保険については、教育訓練給付制度の要件を満たすと対象講座の受講料の一部を支給する制度があり、スキルアップに役立ちます(参考:厚生労働省:教育訓練給付制度)
また、派遣社員は有給休暇や産休育休も取得可能です。私は実際に産休育休を1年取りました。


時給制なのも地味にありがたいです。でも、大量の文書を超速で訳したときは、これが歩合制ならと思うことも(笑)
なお、派遣社員は基本的には有期雇用契約(数ヵ月単位の更新制)で、いつまで契約が続くか分からず不安定な面がありますので、正社員がわざわざ派遣社員に転職するのは正直おすすめしません。念のため。
その後の選択肢が増える
翻訳の実務経験とは直接関係ありませんが、派遣社員として働くことで身の振り方の選択肢が増えます。
翻訳未経験から派遣社員として就業すると、翻訳以外に様々な業務を経験します。その中で翻訳以外の業務にやりがいや適性を見つけることがありますし、また、翻訳者と言えば在宅フリーランスのイメージが強いですが、実際は企業に所属して働く方が性格に合っていることに気づくかもしれません。
そうやって自分の新たな面が見つかったら柔軟に乗りかえていけばいいです。
在宅翻訳者だけがゴールではないし、途中で別の職種に乗り換えたり、正社員を目指したりもアリだと思います。
私はまだまだ何でも屋の派遣社員として働きますが、辞めるときがくれば、これまでの経験を元に職務経歴書をしたためます。

いずれにしろ、いちばん幸せになれる働き方を選べたらいいなあ
派遣社員として翻訳に挑戦するデメリット
長いこと派遣社員として働いていると、それなりに思うところもあるので、デメリットも紹介します。
- 通勤がめんどう
- 翻訳の分量が少ない/なかなか翻訳にたどりつけない
- お給料は言われるほど高くない
通勤がめんどう
派遣社員は、原則、派遣先企業のオフィスで就業するため、通勤時間が発生します。
事務系職種ならリモートワークでもやっていけそうですが、そもそも正社員のリモートワークがやっと認められはじめたところで、なかなか難しい印象ではあります。
長い通勤時間を前向きに考えるならば、集中してテキストを読む/聞くなど、インプット中心の学習に使えます。

Twitterやってる場合じゃない(私か)
製薬業界特有の話をすると、製薬会社にしろCROにしろ、文書を扱う部署は大都市の中心部に集中しているため、地方在住者はそもそも通勤が困難です。地方在住者は他業種の派遣社員として翻訳の実務経験を積みつつ、医薬翻訳の学習を続けるという身の振り方になるのかも。

翻訳の分量が少ない/なかなか翻訳にたどりつけない
派遣社員の担当業務は派遣先企業があらかじめ設定して契約書に記載しています。
そして派遣社員は、契約書にない業務は原則的にはできないことになっています。

よって、翻訳の分量が少なかったり、なかなか翻訳をさせてもらえないこともあります
ただ、これは派遣先企業の考え方次第。
派遣先企業の考え方は大きく2パターンあると思うんですが、
- 派遣社員には定型業務をこなしてもらいたい
- 適性や資質によっては他の業務も任せたい
後者のように積極的に派遣社員を育てていく派遣先企業なら、アピール次第で意外と早く翻訳にたどりつけることもあります。
仕事はもらうのではなく取りにいく
いずれにしろ、今後のキャリアの希望や、それに向けて努力していることがあれば、機会を見つけてアピールするに越したことはありません。
- 派遣会社の担当者との定期面談
- 派遣先企業の指揮命令者との面談(※派遣先による)
- 日常業務の中でフィードバックをいただいた時
このような機会に前向きな話ををしておくのがいいかなと思います。
私の場合は実際、合わせ技で翻訳業務をもぎとりました。
折に触れて「やってみたい/できるようになりたい」と言っていたところ、派遣先企業の方から「やってみる?」と言ってもらえたのが始まりで、その後は「仕事の報酬は仕事」のような展開でした。
この経験から、したい仕事はもらうものではなく取りにいくものだと実感しています。
もちろん契約書にない業務はできないので、契約書を確認して迷うものは派遣会社の営業担当者に報連相をお忘れなく。あわよくば時給アップも狙えますので。
仕事をもぎ取れないならお別れするのもあり
「業務範囲が全然広がらない」とか「希望する方向とは違う」と感じた場合は派遣先企業とお別れするという選択もあり得ます。
実際、これ以上ここにいても伸びないし楽しくないと感じて、お別れを申し出た経験があります。

3年ルールの抵触日まで働かなくても派遣会社は次を紹介してくれます
お給料は言われるほど高くはない
派遣社員のお給料は巷で言われる程には高くありませんし、ボーナスは原則ありません。
派遣社員の時給は、業務の専門性や専門的な業務の割合に応じて設定されます。
- 一般事務よりも英文事務のほうが時給が高い
- 一般的な英文事務よりは専門性の高い英文事務のほうが時給が高い
- 英文事務よりも翻訳・通訳のほうが時給が高い
具体的な時給の相場は派遣の求人サイトをチェックしてみてください。
初めての派遣会社から初めての職種で派遣される場合や、時短勤務や残業ゼロを希望する場合は、控えめな時給を設定されることがあるのでご注意を。

実際されました
また、翻訳・通訳以外の事務系派遣(英語あり)の時給と、翻訳会社の「翻訳者以外」の職種の時給を比較すると同程度の印象です。
翻訳会社の求人は、翻訳者ネットワーク「アメリア」や、翻訳学習者向けのムック本などが探しやすいです。参考まで。
機会を見つけて時給交渉すべき
派遣会社や派遣先企業の事情はあれど、こちらも先立つものは必要です。
派遣会社には何度か時給交渉をお願いしました。
時給を上げるだけの実績がある場合や、業務の専門性が上がった場合は嫌な顔はされませんでした。
「仕事の報酬は仕事」になった段階であれば至極まっとうに交渉できる実感はあります。

権利は行使しよう
初めの一歩はどの派遣会社がおすすめ?
どの派遣会社を選べばよいのかという疑問がわいてきたかと思いますが、一概に言えるものではありません。

各派遣会社が得意としている業界、派遣先企業から案件が出るタイミング、さらには担当者との相性もあって、本当に一期一会なのです……
私は、派遣社員として働いていたツイ友さんに「複数社登録は基本!」と聞いていたので、とりあえず複数社に登録して、いちばんよい形で働けるところを選びました。

何をおいても派遣会社がやりたい仕事を持っていなければ働けないので、派遣の求人サイトでまとめて検索してみてください。
派遣会社によってはお友だち紹介制度があるので、派遣社員として働いているお知り合いがいれば登録前に聞いてみてくださいね。
製薬業界で働くならどの派遣会社がおすすめ?
製薬業界で働いている私が他の派遣社員からよく名前を聞くのは以下の3社です。

WDBもよく聞きますが、WDBは技術者派遣のイメージが強いです。
英文事務や製薬専門職(臨床開発・安全性・薬事など)がよいなら、手始めには上記3社のいずれかがおすすめです。
特にテンプスタッフは、製薬専門職や翻訳の無料セミナーを定期的に開催しているので学習目的にもよいかと思います。2019年秋に機械翻訳セミナーを開催していたくらい情報感度は高いです。
一般的なビジネス英語講座はだいたいの派遣会社にあります。内容はそれぞれの派遣会社のサイトで確認できます。

翻訳会社の翻訳者派遣は?
翻訳会社が翻訳者を派遣することもあるようですが、経験ゼロの段階で登録できるかが不明なので割愛します。
こちらは翻訳雑誌、日本翻訳連盟の求人サイト、翻訳者ネットワーク「アメリア」(要登録、有料)などの求人で探してみてください。
最後に
派遣社員として翻訳実務経験をゼロからイチにはできても、フリーになるとしたらば自分の名前だけで食っていかねばならないので、信頼を構築するという大きな課題は残ります。
そのあたりのノウハウについては、業界紙や業界団体などが提供する情報が参考になると思います。

無料公開のコンテンツを読むだけでも勉強になりますよ!
以上、翻訳の実務経験をゼロからイチにする方法【派遣社員編】でした。