夫婦関係を修復した2歳児の「ありがとう」習慣

子育て家庭のよくある悩みのひとつが夫婦間のすれ違いです。家事や育児の分担、育児方針の違い、激務、ワンオペなど、原因は様々ですが、まったくすれ違いがない家庭は少ないと思います。

そんな悩みの解決法のひとつとして、2歳のこどもが教えてくれた「ありがとう」の習慣を紹介しますね。

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こどもが教えてくれた「ありがとう」の習慣

こどもが2歳を過ぎてから、とてもいいお顔で「ありがとう」を言ってくれることが増えました。

内容は「ごはん、ありがとう」「ぐーにゅう(牛乳)、ありがとう」など、ほんとうにささいなことです。そんなことでわざわざ言わなくてもいいのにとも思いましたが、して当たり前のことをこどもがしっかり見てくれているという事実が心に効いたようで、いつもの家事が少し楽しみに思えるようになりました。

夫が朝食を作ったときは、こどもは夫に「おとうさん、ごはんありがとう」夫も照れくさそうな笑顔を浮かべていました。

「ありがとう」は循環する

自分が満たされると視界が広がります。わたしはこどもが見ているほどにしっかりと、夫が家族のためにしていることを見ているだろうかと考えました。

すると出てきたのは、家事や育児の分担の押しつけ合いと、やり方が違うことへの不満ばかり。

毎日してくれていることは「当たり前のこと」になっていて、あまり目が向いていないことが分かりました。それに気づくと、当たり前と思っていたことにも「ありがとう」と言ってみたくなりました。

まずは、夫がわたしの手抜かりをフォローしてくれたときに「ありがとう」と言うことから始めました。

それが自然になってから、食洗機を回したり、ロボット掃除機を動かしたり、洗濯機を回したりの、分担が曖昧な家事をしてくれたときに拡大。

しばらく続けると、夫も「ありがとう」と言うようになりました。夫とこどもの分の食器を片づけたとき、お茶を入れたとき、夫が休日にぐっすり昼寝をしたり出かけたりした後など。

「ありがとう」は「させられてる感」を軽減する

以前は、夫が休日も自分のことを優先することに腹が立っていましたが、「ありがとう」と言われるようになると、しかたないなあと思えるようになりました。

また、結婚当初から家事は分担制で線引きをガチガチに守っていましたが、線引きがよい方向に緩みはじめました。基本的には分担制ですが、忙しくて手の回っていない時や、ちょっと気になった時は、お互いに代わりにやっておく程度の融通がきくようになりました。

以前は、人の仕事までさせられて損をしているという気持ちが強かったですが、 「ありがとう」と言われるようになると、「させられてる感」がやわらぎました。

結果、「分担なんだからちゃんとやるべき」と言いあっていた頃よりも、家事は快適に迅速に回るようになりました。家事のやり方自体はあまり変えていないのですが。

「ありがとう」を言えなかったこどもが「ありがとう」を覚えるまで

このように、わが家ではこどもが「ありがとう」を始めたことで、「ありがとう」が循環して雰囲気がよくなりましたが、以前のこどもは「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えませんでした。

それに気づいたのは、1歳半を過ぎてからです。保育園でおともだちを叩いてしまったとき、先生が「ごめんなさい」するよう促すと「ギャー!」と激しく泣いた事件。

「泣くほど言いたくなかったのかも」という先生の言葉に、そういえば「ありがとう」も「ごめんなさい」も、言葉はおろか、ジェスチャーさえ見たことがないことに気づきました。

保育園のおともだちは「あんと」と言ったり、ジェスチャーをしたり……あれ?うちのこヤバい?

「しなさい」は伝わらない

それからしばらくは、こどもに「ありがとうは?」「ごめんなさいは?」と言うように促していましたが、こどもの方はぽかんとした顔。こどもがまったく理解していないことが分かったので、促すのはやめました。

「ありがとう」を見せる

促すかわりに、こどもが自発的にお手伝いしてくれた時や、ちょっとものを頼んだときに「ありがとう」を言うことを徹底しました。

自発的なお手伝いはわたしがサポートすることも多く(食器を運ぼうとしてこぼしたり、洗濯物をくちゃくちゃに詰め込んだり)、必ずしも助かるばかりではありませんが、こどもの心意気自体には「ありがとう」。

また、それまで「上手ね」とか「できたね」と言いがちでしたが、だいぶ前からできていることに今さら「上手ね」もないし、むしろ「してくれて嬉しい」「助かった」という気持ちを伝えた方が伝わりそうな時は「ありがとう」に変えました。

こどもの心からの「ありがとう」を聞いた日

そして2歳を過ぎた頃、食事をしているとき急に真顔になって「ねえねえおかあさん」と言う。

なんの気なしに「なあにー?」と返したあと、こどもの「ごはんありがとう」を聞いたときには涙出るかと思った。

そこから先ほど書いたとおりの「ありがとう」の循環が始まりました。

 

まずは与えるところから

ありがとうが循環していくのを見て、人は与えられる体験がなければ与えることができるようにならないと改めて思いました。

よい循環を作り出したこどもですが、たくさん「ありがとう」を言われてはじめて「ありがとう」を覚えた。わたしはこどもにたくさん「ありがとう」を言われて、夫はこどもとわたしに「ありがとう」を言われてやっと言えるようになった。

以前読んだ本に「共同体から何かを得ようと思ったら、まずは得ようとするのをやめて共同体に貢献しなさい」というようなことが書いてありました。そしてわが家では実際そのとおりになりました。

 

母親という立場は一般的に育児も家事も負担が大きく、これ以上与えたらクタクタになって萎れてしまう心境になりがちですが、「ありがとう」と言ってみること自体はノーコスト。「当たり前のこと」を見直して、家族にちょっとだけ「ありがとう」を言ってみませんか。