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成長過程のトラウマを乗り越えたその先で親になるということ

成長過程のトラウマを乗り越えたその先で親になるということ ママのメンタルヘルス

子育ては愛しいけれど、時々しんどくてたまらなくなります。子どもに自我が芽生えてくると、親自身の未熟さや、対人関係上の未消化な課題が容赦なく浮かび上がってくる試練の毎日であることを感じます。

この間から2記事に分けて書いたとおり、私は子ども時代の家庭環境や教育環境の問題に起因する様々な症状を抱え、大人になってから複雑性PTSDの治療を経て親になりました。母としてはそれほどスペック高くないし、ポンコツお母さんではないかしらと自認しています。

幼児~学童期の家庭内外の環境が人生に生きづらさの影を落とすまで
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複雑性PTSDの治療を通じて見た親役割と人の来し方行く末について
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親役割のモデルを持てたという意味で、この15年余りがあったことは幸いだったと思います。それでも実際に親の立場になって丸3年が経ってみると、想像していたよりはるかに大変で、喜びや愛しさもあるけれど毎日てんやわんやです。

私が抱えていた症状がすべて消失したわけではありませんし、子育ては私だけで完結するものではなく、娘や家族、さらに家庭を取り巻く人間関係の中にある営みなので、意外なところで未解決の課題が浮上したりと、ひとりの時とはまた異なる困難があるんですよね。

今回はそんな、治療のその後の子育てのお話です。例によって読書遍歴も交えながらお送りします。今回は育児書中心です。

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私、赤ん坊に圧倒される

正直なところ娘が生まれてからの3年間、娘のポテンシャルに圧倒されっぱなしで親らしいことはあまりできてない気がします。この見出しは、まっさらな赤ん坊マジすごい!と、ポンコツ母さんが驚嘆するだけですので悪しからず😇

子育てに感じた困難とその対処は、2番目の見出しへどうぞ。

私、完全なる新生児と出会う

娘は3年前に帝王切開で生まれました。

破水したのに陣痛がまったく起こらず、精神もポンコツなら身体との連携もやはりポンコツか!と心の中に大嵐が吹き荒れる事件もありましたが、生まれてしまえばそんなことはどうでもよくなりました。笑

順調な妊娠経過からの前期破水&羊水混濁……緊急帝王切開の第1子出産レポ
これはわたしが第1子を出産したときのおはなしです。 妊娠中は軽いトラブルはあったものの、おおむね元気な妊婦だったわ...

新生児の娘は完成された存在に見えました。今は何者でもなく、これから何者にでもなれるような万能さを感じました。また、娘が時々何もかも見透かしたような瞳で私の顔をじっと見つめるたび、まだ世界と交信する術を持たないだけで、本当は偉大な知恵を持った存在が中にいるのではないかとさえ思いました。

産後の少し異常な精神状態が見せた幻である可能性は高いですが、新生児の娘は私にとって尊く、畏怖の対象でさえありました。

私、努力家の赤ん坊に舌を巻く

首がすわった頃か寝返りを覚えた頃、「中に子どもが入った……」と思う瞬間があり、それを境に娘は畏怖の対象ではなくなりました。

が、同時に娘の努力に圧倒される日々が始まりました。ほんまにこの子、何回寝返りの練習する気なのかしら、仰向けに戻せと親を呼ぶな、疲れてうまく寝返りできないと泣くな!あ、力尽きて寝たわ……と心の中で突っ込む毎日。

赤ん坊の頃って動けませんから、新しい動作を獲得しようと努力すること自体が喜びだったのだろうと思います。

ベランダから部屋の中に射し込んだ光の中、空を見つめ、光をつかみ取ろうと手を伸ばす娘を見て、このお手々は世界のすべてを手に入れられる可能性を秘めていると思ったし、そうやって日々世界を知ろうとする娘の努力がとても尊いものに思えました。

ただ、この赤ん坊は努力家な反面たいそうな頑固者でして、新生児の時期から私が根負けするまで抱っこを求めて泣き続け、抱っこしても泣き続け(泣きすぎて呼吸を忘れたことが……怖)、いつの間にか母乳以外は頑として飲まなくなり、生後半年で離乳食を始めれば、訝しげな表情をしてそっぽを向く有り様でした。この母乳原理主義者との戦いはほんまに長かったです……

時々お外の遊び場に連れ出した日は少しだけ身をかたくして、私の陰に隠れるようにして周囲をうかがってました。「大丈夫よ、怖くないよ、行ってみたらいいよ」と声を掛けてはじめて探索活動を始めるような小心者の、よく言えば慎重な赤ん坊でもありました。

努力家で頑固者、さらに慎重。それが人による干渉を受ける前の娘の生来の気質なのだと思います。正直、なかなか強烈で手強いキャラでしたし、生来の気質のせいで将来苦労することもあるだろなと思ってます。

私、使命感を持つ

以前、仏様を彫る人の言葉を聞いたことがあります。もしかしたら何かで読んだのかもしれません。

いまいち記憶がはっきりせず、出典を示せないのが残念ですが、仏様の素材となる石材や木材には、元々仏様のかたちが宿っているのだそうです。だから仏様を彫る人のお仕事は、本来宿っているかたちのまま、傷をつけずに外に出して差し上げることだと。

娘が生まれた後で、その言葉を思い出し、親としての私もそうあろうと考えたことを覚えています。

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私、子育てに困難を感じる

と、使命感を持ってみたところで、なんせ私はポンコツ母さんなわけです(←急に冷静になるw)

もちろん症状の嵐が吹き荒れていた頃と比べれば穏やかな毎日ではあるんですが、生育過程で培われた性格や行動の傾向であるとか、対人関係のパターンが時々悪さをしていると感じるんですよね。

産前、頭を抱えている私に師匠は「ずいぶん豊かに悩めるようになったねぇ~」とのほほんとした感想を投げて寄越しました。ひっどいですよね😇

困難①人に頼るのが下手

私は人に頼るのが下手ですし、人の中で十分くつろぐことが苦手です。人の差し出してくれるものを受け取ることもあまり上手ではありません。いまだに、人に何かしてもらうと、ありがたいという気持ちよりも先に、こんな私のために申し訳ないという気持ちが先に立ち、何か返さねばそこに立っていられないような感覚になります。

世界を信頼できていなかった頃、人に頼るよりも自分で困難を抱え込む経験を積みすぎたことや、自己評価の低さが大きく影響していると思います。

自分ひとりだけで生きていた頃はもっとうまくやっていたのに……と思いますが、子育てってそうじゃないんですよね。必ず娘がいますし、親同士で協力が必要になる場面もいくらでもあります。

そのうえ、私が倒れた時にバックアップがなかったら、娘の生命に危機が及びます。子どもは弱者なので、のっぴきならない状態に至るまでが早いと思ってます。

対処:ビジネスライクにやる

それが分かっていても人の好意への甘え方はよく分からなかった私、産前の母子手帳交付の際に担当の保健師さんが親身だったのをいいことに、自治体の育児相談窓口、産前産後ヘルパー、一時保育、保育園、生協、などなど、純粋にお仕事として対応してくれるところを調べまくり、頼めるものは頼みながら何とか回しました。

だから娘が生まれて3年経った今でも、ママ友づきあい的なものはあまり分からないままでいます。保護者会の役員をしたおかげで、顔見知りは少しは増えましたが、やっぱりさじ加減がよく分かりません。

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平時はこんなでも回るんですが、問題は大災害が起こって行政や企業のシステムが崩壊した時だと思います。そんなとき、好意を交換することから足場を作っていける人はやはり強いと思うし、私もそうなれたらいいなと。

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……そう、なれたらいいなと、思うんですが!

好意の等価交換ってほんまに難しいと思うんですよ。誰かにとっての丁度よさは別の人にとっては過剰だったり不足だったり。ほどよい塩梅でやれるようになるには、苦手だとか言ってないで経験を積むしかないと思います。先は長いですよね~

困難②乳幼児との関わり方を知らない

師匠が親役割の何たるかを教えてくれたと言っても、私は当時すでに大人になっていましたし、乳幼児に対する親役割は見ていません。

無論、自分の親がどうしてくれたかも覚えていません。私が今も生きていること自体、衣食住の面でそれなり適切な世話をされたという証左ではありますが、情緒的な係わりについては分かりません。

歳の離れた妹の求めるままに、私が絵本を読み聞かせたり、泣きじゃくって話をするのを聞いてやった記憶はあるんですが……あれっこれ私が親役割してたの?

対処:知識でカバーする

肌感覚が分からないものは仕方がないので、これまでと同じように、子育ての本をたくさん読みました。

考え方や方法論はたくさんありましたが、本当に小さい時期は生存を守ることと愛着形成のことだけ考えていました。

情緒的な面では、生後半年で出会った語りかけ育児が方法論として取り入れやすかったです。3歳までの子育てにはとても重要かつ曖昧な「ありのままを受けとめる」という行為を、30分の枠組みと具体的な方法論に落としこんだところがすごいと思います。

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また、アドラー心理学の、他者はどうあれ自律的に、横の関係を形成して協力的に生きるという概念は私自身の人生観を変えてくれましたし、3歳以降のますます複雑になる子育てにもよさそうだと思ってます。

アドラー心理学がわたしの人生観を変えた!〜子育てと人間関係もシンプルに〜
今日はわたしの人生観を変えたアドラー心理学と、アドラー心理学の考え方を取り入れた子育てのおはなしをさせてください。 ...

先生について学んだわけではないので、型が正しいのかどうかは定かではありません。アドラー心理学のやり方は、一歩間違えると単なる放任になってしまう恐れもゼロではありませんし、ほんとうに慎重に娘に向き合うことが求められると思います。

答え合わせは10年後か20年後。その時が楽しみでもありますし、怖くもあります。

困難③生の現実を見失いがち

昔から大量に本を読んでいた私に、師匠が何度も言ったこと……「何でもそうやって頭でっかちになっていくのはあまりよくないと思う」

当時の私は師匠の言うことの意味を理解できていませんでした。目の前の困難をクリアするために役に立つことはあれど、知識を得ることにデメリットがあるなんて欠片も思っていませんでした。

親になってようやく、師匠の言葉の意味が分かるようになりました。いくばくかでも知識があることで、常に一歩引いた観察者的な立場から現実に解釈を加えてしまい、未加工の「現実」と対峙できていない可能性があるんです。そして、娘のありのままの姿を本当に見つめているか?娘にとっての現実を本当に共有しているか?という問いと、常に戦わなくてはならないという問題が発生しております。

時々、頭の中で無意識に解釈を加えている自分にはたと気づくことがあるんですよね。娘は私が今ここから離れた瞬間をちゃんと理解していて、「おかーさん、いまなにかんがえてるの!」と尋ねます。また、娘の「なに?」「なんで?」攻めにあうことが増えると、常に解釈を探すのも骨が折れると思うようにもなりました。それなのに母親から言外に「なんで?」と問い続けられる娘の心中たるや……ごめん娘。

対処:「今ここ」を味わう努力をする

実は一度、娘に聞いたことがあります。「なんでそんなにおかあさんすきなの?」って。

娘はその瞬間、丸いおくちをしてニマーっと笑って「すきだからすきなんだよ!」と言って、急に布団に走っていき、顔を埋めてバタバタしていました。娘は本当に今ここにある気持ちを全身で味わっているんだなあと思いました。

それを見て、本来、娘くらいシンプルでいいのかもしれないなぁと思いましたし、解釈は未来のために必要な時だけに留めるようにしようかなと。負うた子に教えられて浅瀬を渡るとはよく言ったもので、娘は私に日々気づきを与えてくれます。

困難④人間関係のパターンの再演

生育過程で遭遇した人間関係の中にあるパターンが時間や空間を超えて娘との関係性の中で、または家族関係の中で再演されることがあります。また、それには症状に類似した体感が伴うこともあります。

私が特に警戒しているのは以下の3つ。

  • 娘に声を荒げる(怒りで解決する)
  • 夫との間で話し合いが一方的になりがち
  • 人の落ち度に対し他のことまで合わせて叱責しがち

これはすべて、私の過去の人間関係の中で繰り広げられたことです。

結局、何を言ってみても、何をやってみても、私は自分がされたように見よう見まねでしか人と関われないし、子どもを育てられない、そういうことなのだと思います。でもせめて、娘には私のような想いを抱かせずに育てたいと祈ります。

対処:再演されやすい状況を作らない

これね、自分がはまりがちな悪いパターンを把握して、再演されやすい状況を作らないことが必須だと思いました。大人相手だと、これまで蓄積してきたパターンがけっこう適用できるのですが、例外が娘。子ども相手の経験値がなさすぎる私には、毎日が新たな状況と発見の連続です。

娘の自我が出てきてからは親を試しにかかっていると感じることも多いので、感情コントロールがだんだん大変になってきました。

アドラー心理学の考え方の中に、人の行動には必ず目的があるというものがあります。子どもの場合、動機は親の注目を集めることであることが多く、好ましい行動で親に注目されない場合、悪さをして注目を集めると。それを知った上で娘の行動を見ると、確かに抱っこやコミュニケーションが足りてないときにしつこく私を挑発するような行動(部屋中におもちゃや衣服をばらまくなど)をすることが多いことが分かりました。

それが分かってから「ちょっと待って!」を減らし、求められたときに抱っこしたりおしゃべりを聞いたりするようにしたところ、いたずらは減りましたし、娘に怒りを覚えることも減りました。

対処:暴発する直前に止める

悪いパターンを把握して回避するよう心がけていても、いつの間にか悪いパターンにはまりかけることはあるんですよね。

でも、感情って表出される直前に身体感覚として自覚されますし、自覚から表出までは一瞬のタイムラグがあるので、この間に止めるための代替手段はいろいろ持っておきたいなあと思ってます。いたずらをしてドヤ顔の娘に肩をすくめて見せるとか、氷を口に含むとか、深~いため息をつくとか、そんな小さな試みからでも少しずつは変えられる気がするんです。

対処:怒りの感情は極力使わない

私ね、正直怒りの感情を使うのが怖いと思っているところもあるんです。

子どもをコントロールしたいと思うとき、怒りの感情って劇薬です。最初はとてもよく効くけれど、子どもに耐性がつけば効かなくなる。分量と激しさを増せばいずれ暴力に至るでしょうし、特にうちの娘のように、赤ん坊の頃から頑固なタイプは少しくらいの制止は聞きやしないので、エスカレートするリスクが高いです。そして私はその時に、意識と現実を繋ぐ鎖をしっかり掴んでおれる自信があまりないのです。

日常的に怒りを使うようになれば、子どもは怒りで他人をコントロールできることや、私と同じように自分は優しく扱われるに値しないと学習します。だから日常的に怒りで子どもを屈服させることだけはしないと決めていました。それなのに娘に声を荒げてしまうことが何度かありました。

娘が泣くまで声を荒げた私には、私が憎んだ支配的な誰かが乗り移っているようでした。その背後には、現実への介入を諦めて眺めている私がいました。その斜め上には、生育過程の問題がまだ終わらないと嘆息する私がいました。

怒りは、自分の命を危険にさらしたり、人や動物に危害を加えたりなど、のっぴきならない時に止めるための最終兵器として温存しておきたいです。劇薬だからね。

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私、今を生きたい

そろそろ15年以上にわたる長い長い昔話と3年分の育児日記は終わりです。

書いているうちに、なんだか薄氷を踏むような思いで子育てをしている気がしてきました。本音のところでは私だって屈託のない子ども時代を送りたかったし、こんなに頭で悩み抜く子育てではなく、感覚でしなやか軽やかに子育てをしたいのです!

実際にはポンコツ母さんだし、感覚を信じてやれるタイプでもないので、悩んで悩んでいっぱいいっぱいになるくらいでやっとなのかもしれないと思いながら、娘の横に立っています。

でもね、こんなんでも、子育てが楽しくないわけではないんですよ。

娘の様子を見ていると、明日のことはまだよく分からないんだと思うんです。娘には今しかなくて、今ここを身体いっぱいで味わって生きているように見えます。そんな娘と同じように、先のことや過去のことを考えず、目の前の砂の感触や、娘がちぎった草の匂いや、道に落ちているよく分からん物体の謎を味わえば、子育てはとっても楽しいと思います。

ま、大人の悲しい性というやつで、次の瞬間にはあれやらなきゃこれやらなきゃって雑念が浮かんでしまい、それどころじゃなくなるんですけど。

娘が本当の赤ん坊だったとき、「ンギャー!」だった泣き声がいつの間にか「ウェーン!」に近づいたことに無性に淋しい気持ちになったことを覚えています。そうやって娘が少しずつ大きくなるにつれ、小さかった頃に当たり前だった仕草は喪われていきます。子育てとは、たった1度きりの1日を、粛々と積み重ねていく営みなんですよね。

子育ては時々しんどくてたまらなくなるけれど、それでもとても愛しいと思います。だからこそ明日にはもう存在しないかもしれない愛しさを味わっていきたいと思うんです。

私は今を生きると決めているし、それでも前に進みます。そんなことを、平成の終わりに書いて令和の始まりの日に公開。

おしまい。