出産を終えたわたしを待ちうけていたものは、1週間の入院生活……いいえ、強化合宿でした。
産科ってなんだかふわふわしたイメージがあるじゃないですか。かわいいあかちゃん、幸せそうな家族、ミルクの甘いにおい、すてきなベビーグッズ……いえ、そんなのはまやかしです。
実際の産科は、おっぱいとウンチとオシッコと悪露にまみれ、睡眠不足と全身のダメージと戦う、まさに産院ブートキャンプだったのです!
あ、でもごはんは盛りつけが可愛くて美味しかったです♥(ここだけ幻想じゃなかった)
出産当日の模様はこちらからどうぞ。

出生2日目:帝王切開の翌朝
帝王切開の翌朝7時頃に導尿の管を抜きました。助産師さんに立ってトイレまで歩くように言われ、お腹の傷が痛いから無理と抗議するも、「今日からあかちゃんのお世話するんですよー?」……鬼や。
起き方を習ってもやはり痛く、そろりそろりとすり足でトイレに向かい、座って用を足してクリアと思ったのもつかの間、立ち上がるときにまた激痛。
極力水分を取らずにトイレも控えようと心に誓いたくなりましたが、命に関わるのでおすすめできません。
食事は、朝は水だけで昼夜は重湯でした。わたしは生まれてこの方、あんなにおいしい重湯を食べたことがありません。また食べたい。ジュルリ。
ベッドの中で検索して見つけたこちらのブログの方法で、ベッドから降りるときの痛みはだいぶマシになりました。病院からでもネットが見られるとは本当によい時代です!
新生児、起きない
小児科検診が終わった13時頃から母子同室で、個室にやってきたこどもはよく寝ていました。3時間おきに母乳を与えるということで、助産師さんがこどもを起こし……起きない!
助産師さんは「吸ってないと寝るんですよねー」と言いながら、足裏をモミモミして起こしました。痛くて起きるそうです。
起こした後は、お口のストレッチと言いつつ、ほっぺを両側から指で押さえて口をこじ開けてました。
のっけからイメージしていたあかちゃんのお世話とはかけ離れていました。なんかけっこう乱暴。
新生児、教わらないと吸えない
あかちゃんには吸啜反射があるから自然におっぱいを飲むと言いますが、うちのこは助産師さんがこどもとわたしに正しいポジションを教えるまで、くわえることすらできませんでした……。
そして、なんとかくわえてもまだ母乳は出ないので、はむはむとして、そして、そのまま寝ました。ね、寝るの?!
こんなに弱弱しくて生きる意欲もあまりなさそうないきものがほんとうに生きていけるんやろうかと心配になりました。
数日間は飲めなくても体内にある栄養で生きのびられるようですが、心配だったので夜は糖水を与えてもらいました。
おむつ交換は意外とむずかしい
新生児、ちっとも飲まないのに出すものはしっかり出します。
産院が布おむつ推奨でしたが、おむつカバーが大きくてなんだかいつもゆるい……と思っていたら、やっぱりゆるくて大きい方も小さい方も漏れました。
大惨事。
新生児のウンチはあんまりくさくないのでわたしはけっこう平気でしたが、夫はドン引きでした。見てただけのくせに……。
鬼軍曹襲来
この日診察はありませんでしたが、夕方頃に突然トントンとドアを叩かれ、なにかと思えば先生がひょこっと顔を出し、一言「さぼるなー!なるべく動け!」と言って去っていきました。いったいなんだったのか……
この日は13時~20時まで母子同室、夜間は体力回復のため新生児室預かりで、睡眠薬をもらいぐっすり眠れました。
出生3日目:睡眠不足のはじまり
食事がおかゆ(おかずつき)にランクアップ。そして身体が回復しているのか、けっこうしゃきしゃき動けてしまいました。おまけに、帝王切開の産婦には痛み止めという強い味方がついているのです。チートですね。部屋を出て新生児室をのぞきに行くことくらいはできました。夫は目を丸くしていました。
この日は沐浴が終わった10時頃から翌朝まで母子同室でした。
ミルクはじまる
この日からはミルクを足すことになりました。10mL+(生後日数×10mL)で作ります。母乳育児予定なので、ミルクを作り、冷ましている間におっぱいをくわえさせ、冷めたころにミルクをやるという流れでした。まあおっぱい出ないんですけどね。
助産師さんのスパルタ指導により、20時の授乳では1回で上手に吸えていました。まあおっぱい出ないんですけどね。
抱っこしたままごはん
出生3日目にして抱っこしたままごはんの洗礼を受けました。
授乳とおむつ替えが終わり、しばらく抱っこしてこどもが寝たところで食事が運ばれてきて、食べようと浮かれたところでなぜか起きて「ンギャー!」、抱っこして泣き止ませても置くと「ンギャー!」仕方がないので左腕で抱っこしたまま食事をとりました。おかゆだったのでスプーン1本で食べられたことが幸いしました。
睡眠不足の始まり
夜中も授乳は3時間おきでしがた、こどもは寝てばっかりで起きてくれないので、アラームをかけて起きていました。がんばったのに夜中の授乳は2戦2敗。ミルクは飲むのにおっぱいは吸わずに寝落ちる状態で、本当に母乳育児できるのかと不安になりました。
ミルクを飲ませるようになるとすさまじく吐き戻すようになり(後々まで悩まされます)、呼吸の音が静かすぎて生きているか心配になって眠れず、助産師さんに尋ねると「そんなに心配なら預かりましょか?」と言われる始末でした。
出生4日目:迫りくる新生児の恐怖
食事が普通食にランクアップ。前評判どおり毎回すごく豪勢なお食事でした。食事が楽しみでブートキャンプに耐えていると言ってもいいかもしれません。
調乳指導(という名の販促活動?)
粉ミルクメーカーの栄養士さんによる調乳指導がありました。といっても基本的なことは助産師さんに教わっていたので、これは調乳指導という名の販促ではなかろうかと疑ったり。産院もいろいろあるんでしょうね。
ブートキャンプ入隊者数名が同席していましたが、普通分娩と思しき産婦さんは立ち座りがほんとうにつらそうで、円座が手放せない感じでした。わたしは痛み止めでチートしてますので、つらそうな産婦さんたちの様子を見て、おなかを切ったこと自体忘れかけていたのをようやく思い出していました。
おっぱいマッサージが激痛すぎる
おっぱいはあいかわらず出ませんが、痛いほど張るようになったので助産師さんに言うと、おっぱいマッサージを受けることになりました。痛すぎてヘンな声がでました。痛み止めはおっぱいマッサージには効きませんでした。
新生児、寝ない
新生児が寝てばっかりだったのはこの日の昼間まででした。この夜から新生児が本領を発揮したのです。夜になると目がらんらんと輝き、おっぱいとだっこを求めて「ンギャー!」と泣くのです。動かないはずの新生児なのに、お世話のプレッシャーで迫りくるように見え、ホラー風味でした。
この日の夕方、夫と一緒にこどもの目が開いたと喜んでいたのに、深夜にはそれがホラーになるとは……、おそるべし産院ブートキャンプ。
おまけに、おっぱいをくわえさせてもミルクをやってもおむつをかえても泣きっぱなしなので延々と抱っこしていました。一瞬寝たと思っても置くと「ンギャー!」それが延々と繰り返され、燃え尽きてボーゼンとしているところに朝の検温の助産師さんが来て、こどもは回収されていきました。
そういえばこのひと、胎児のころから深夜のヘンな時間にやたら元気だったんですよね……(そしてそのたび起こされていた)
出生5日目:新生児、浮かぶ
睡眠不足から始まった5日目は、沐浴見学あり午後からエステありという盛りだくさんの日で、昼寝する余裕がありませんでした。
うちのこは無限に吸いたがるタイプのようなので、わたしもベッド上に回復アイテム(お菓子と飲み物)を常備することにしました。分娩に備えて持ち込んだ回復アイテムなのがなんだか哀しかった。
母乳は左右で60mL程度出るようになりました。
沐浴見学
うちのこの沐浴を見学しました。服をはがされたときは「ンギャー!」と抗議していましたが、お湯につけてもらうと表情が緩み、ぷかぷか浮いて気持ちよさそうにしていました。助産師さんに「お風呂好きみたいだから楽かもしれへんね」と言われました。わーい。
エステ
出産した産院ではフェイシャルエステのサービスがありました。化粧品のいいにおいがふわふわしていて、ミルクとおしっことウンチにまみれる日常を一瞬忘れ、爆睡!
……あっという間に終わりましたとさ。
新生児、寝ない
またしても眠らない夜でした。ミルクも与えておなかいっぱいのはずなのに眠らず、少しウトウトしてても置くと「ンギャー!」
わたしは既にへろへろだったのでナースコールして「寝かし方おしえてください!」
助産師さんに「あららー、この子、完全な昼夜逆転ちゃんだから気長に抱っこして寝るの待ってあげて」と言われ、無理だよ!わたしが眠れないよ!となり、最終的にベッドの上にあぐらをかき、脚の上にこどもを寝かせ、座ったまま寝る作戦でなんとか眠れました。さながら弁慶の立ち往生のようです。苦行すぎる。
冷静に考えればベビールームにあずけてわたしは眠るべきだったと思いますが、この晩はあまりに眠く、おしっこ散乱事件やウンチ爆発事件も起こっていたので、そろそろ正常な判断力を失っていたのだと思います。
出生6日目:弁慶の仁王立ちからの…
朝方、座ったまま眠っているのを助産師さんに発見されてしまい、授乳時間以外はこどもをベビールームに預け、わたしはなるべく身体を休める方針となりました。
朝の診察で、帝王切開の傷を閉じているホチキスの針を半分抜いてもらいました。
沐浴実習
ほんとうは産婦がすることになっていた沐浴ですが、あまりにヘロヘロだったので夫がすることになりました。前の日に見た助産師さんの沐浴と比べて手つきが危なっかしく、隣で見ていてハラハラしました。こどもは気持ちよさそうにぷかぷか浮いておりましたとさ。
夫の両親来訪
午後に夫の両親がうちのこを見にくることになっていました。来客がある場合はなるべく事前に伝えるよう言われていたのですが、来客が夫の両親と伝えた瞬間、さっと引き締まる助産師さんの顔といったらありません。「もしなにか困れば呼んでくれてかまわないから」とまで言ってくれましたが、きっとこれまでいろいろと修羅場があったのだろうなと想像するにあまりある対応でございました。
ちなみに夫の両親は「顔見たら30分で帰る」の予告通り、本当に30分で帰っていきました。いやもうちょっと長居してくれてもよかったのですけれども。
ディナー会
この日は産院恒例のディナー会でした。その週に出産した産婦、もとい、ブートキャンプ参加者が一堂に会し、おしゃべりを楽しみながらディナーに舌鼓というコンセプトのようですが(妄想)、睡眠不足で頭がぼーっとしているうえ、初対面の人と話すのが苦手なわたしは挙動不審だった自信があります。ごはんおいしいとあかちゃんかわいいけどお世話が大変すぎるくらいしか話題を提供できません。
予想外のところでコミュ力まで求められる、それが産院ブートキャンプなのでした……!
お名前決定
出産前からお名前の候補をいくつか絞りこんではいたのですが、この日までずるずると決められずにいました。だいぶうちのこのキャラも立ってきたので、授乳しながらお名前候補で呼びかけてみて、なんとなくこの子にあっていると思えるお名前に決めました。
この日は割とよく眠ってくれました。
わが家の名付けエピソードはこちらの記事↓にまとめました。

出生7日目:夫の誕生日を忘れるw
朝から夫にうちのこのお名前を報告。夫も喜んでくれました。「自分の誕生日にお名前が決まってよかった!」……ん?
実はこの日は夫の誕生日だったのですが、本人から申告されるまですっかり忘れていたのでした。
朝の診察では、残り半分のホチキスの針も抜いてもらえました。
この日は昼間からこどものパッチリお目目を見ることができました。完全な昼夜逆転ちゃんと言われていたので、少しは治ってほしいと期待したりも。
翌日が退院ということで、この日は夫が部屋の準備の仕上げとして掃除機&ベビー布団の乾燥をしたり、チャイルドシートを確認をしたり、命名紙を買いに走ったりと、入院中のおかあさんにはできない仕事をやってのけてくれました。
その頃わたしは助産師さんが部屋に届けてくれた産院からのお土産チェックに余念がありませんでした。えへ。
出生8日目:退院
わたしの朝の診察と、こどもの沐浴が終わって退院となりました。帝王切開なので、普通分娩の産婦さんより2日ほど長いブートキャンプでした。
退院は10時頃だったのに、思ったよりも多くなっていた荷物の整理でバタバタしてしまいました。夫が面会にくるたびにいろいろ頼んでいたので増えてしまったようです。荷物のお持ち帰りは計画的に。
思い出に産院前で写真を1枚撮影して、こどもをチャイルドシートに詰め込んで出発しました。10分足らずの道中、車が揺れるたびにこどもが壊れやしないかとドキドキしていました。
帰ってからはこじんまりとお寿司でお祝い。こうして自宅での3人での生活が始まりました。
振り返って思うこと
しておけばよかったこと
- 新生児期の動画撮影
- 生後2か月目以降の予防接種の予約
次回、新生児期編②に続く。
